歴史

1: ジャガーネコ(愛知県) 2013/05/16(木) 07:12:22.23 ID:+qbLA5igP BE:1170738454-PLT(12001) ポイント特典
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 宮城県気仙沼市は15日、防災集団移転促進事業に伴い発掘が進められている同市唐桑町大沢地区の波怒棄館(はぬきだて)遺跡で、縄文時代前期後葉(約5500年前)の貝塚から石器が刺さった状態のマグロの背骨が出土したと発表した。マグロを解体した際に刃が欠けたとみられ、マグロ漁をしていた三陸沿岸の生活を知る上で貴重な史料となりそうだ。
 遺跡は広田湾を望む標高24メートルの丘陵地で、約6000平方メートルの調査区域のうち6カ所で貝塚や遺物を含んだ地層が見つかった。遺跡北西側にある急斜面の貝塚(南北16メートル、東西10メートル、厚さ0.4メートル)では、大量のマグロの骨が確認され、同じ層から刃物状の石器も多く出土した。
 刃物状の石器は粘板岩製で縦7~10センチ、横15~20センチ、厚さ約0.5センチ。マグロの解体に使用したとみられ、小さく欠けた石器片が刺さった骨のほか、石器を当てた痕跡が確認できる骨も多く見つかった。
 市教委は「縄文時代に三陸沿岸でマグロ漁が行われていたことは知られているが、これだけ大量にマグロの骨が見つかった遺跡は他にない」と言い、貝塚周辺にマグロ解体工場があった可能性もあると指摘。
「マグロ漁の集落で暮らした人々の生業や食生活を知る上で貴重だ」と話した。
 遺跡からはほかに、土器や板状土偶、釣り針などの骨角器、魚骨や貝殻でできた装飾品、石製のやじりやさじなどの遺物が多数出土している。
 調査は昨年10月に始まり、ことし6月までの予定。その後、高台移転の住宅が造成される。18日午後1時半から一般向けの現地説明会がある。
2013年05月16日木曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/05/20130516t15014.htm
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1: マーゲイ(神奈川県) 2013/05/15(水) 09:14:28.65 ID:ZE9Ht6MNP BE:2279109757-PLT(12041) ポイント特典
 日本の古代史において、大きな謎となっているのが邪馬台国の女王・卑弥呼。そもそも卑弥呼とは、いったい何者だったのか。日本史の教科書に描かれる卑弥呼は、魏志倭人伝の記述を基に、〈神に仕える巫女で、宗教的権威を持つ女王〉とされるのが一般的だ。
 元佐賀女子短期大学学長の高島忠平氏は、こう指摘する。「九州北部にある弥生前半の古墳の埋葬様式から、巫女が社会的に高い地位を持ち始め、次第に国を統治できるような巫女が出現した経緯が読み取れる」
 こうした見解がある一方で、実は卑弥呼には、「古事記」や「日本書紀」で天皇の祖神とされている天照大神だとする説もある。実在が確実とされる天皇の在位年数から、日本神話に登場する天皇の在位年数を推測すると卑弥呼と天照大神は年代が丁度重なるとし、天照大神は卑弥呼を神格化したものであるとする説だ。専門家はどう見ているのだろうか。
 「確かに古くから天照大神説や日本書紀の記述から神功皇后だとする説がある。しかし、魏志倭人伝によれば、当時はまだ邪馬台国と対立する狗奴国が激しく争っている時代で、卑弥呼は日本全国を統一した倭国の女王という立場にない。
 だからこそ、卑弥呼も後ろ盾を求めて魏と通交し、皇帝から『親魏倭王』の称号を得ている。やはり、巫女として邪馬台国という小国連合を治めた女性首長と考えるのが素直な見方だろう」(高島氏)
 卑弥呼も天照大神も女性で生涯夫を持たなかったと伝えられるなど共通項も多いだけに、卑弥呼を天皇の起源とする説にも一応の説得力はあるのだ。
http://www.news-postseven.com/archives/20130515_187666.html
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1: ケンシロウとユリア百式φ ★ 2013/04/11(木) 11:48:14.33 ID:???
 日本国内で見つかったおよそ1万4000年前の縄文時代草創期の土器に付いていた「おこげ」に、魚などの水産物の成分が含まれていたことが分かり、その時代の人たちが何を煮炊きしていたかが分かる世界で最も古い痕跡として研究者の注目を集めています。
 この研究成果は、日本やイギリスの専門家のチームが、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」の電子版で発表したものです。研究チームは、日本国内にあるおよそ1万5000年前から1万2000年前の、縄文時代草創期の13か所の遺跡から出土した土器について、表面に付いていた炭化物「おこげ」の成分を分析しました。
 その結果、およそ1万4000年前の北海道の「大正3遺跡」と、およそ1万2000年前の福井県の「鳥浜貝塚」で見つかった土器の「おこげ」に、魚などの水産物に含まれる脂質が見つかったということです。このうち、大正3遺跡の土器は、遺跡が内陸にあることなどから、川をそ上したサケを調理した可能性があるということです。土器を使って煮炊きをしていたことを示す資料は、中国の江西省で見つかった土器が、世界で最も古いおよそ2万年前のものとして去年6月に発表されていますが、今回の発表は、何を煮炊きしていたのか、成分まで分析したものとしては世界で最も古い痕跡だということです。
 研究チームの新潟県立歴史博物館の西田泰民専門研究員は、「縄文土器は主にドングリなどの煮炊きに使われていたと考えられていたので、土器が登場したころから水産物も調理していたという結果は、縄文時代の食生活を考えるうえで貴重な資料になる」と話しています。
 縄文時代の考古学に詳しい中央大学の小林謙一教授は、「土器が出現した時期から水産物を煮炊きしていたのではないかという説はこれまでも指摘されていたが、自然科学的な手法で初めて確認されたという意味で非常に大きな成果だ。今後、こうした分析を進めることで、人類が土器を発明し、どのように普及していったのか、歴史的な背景が明らかになっていくと思う」と話しています。
ソース:NHK(4月11日 7時5分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130411/k10013833591000.html
画像:痕跡が見つかった土器
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関連リンク:natureに掲載された論文要旨
「Earliest evidence for the use of pottery」(英文)
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature12109.html
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